妹は板倉の容態が悪化してから、田中の家に鍵をかけてずっと附き切っていたのだけれども、こうなると誰か相談相手が欲しく、万一のことがあっては自分の責任でもあると思い、至急妙子に帰って来て貰うより外にないと考えて、兎も角も蘆屋へ電話を懸けた(何処か病院以外の所から懸けているらしかった)と云う訳で、わたくし、勝手にこんな電話を懸けて、後で兄に叱られるかも知れませんけれどもと、電話口で泣き声を出しているのであった。
雪子が例の、先方にばかりしゃべらせて、唯はあはあと受け答えしたであろうことは想像に難くないのであるが、それでも妙子から聞いているところでは、田舎育ちの、まだ都会馴れない二十一二の娘だと云うその妹が、兄の身を案じるあまり非常な決断と勇気を以て懸けて来た電話であることは、その息づかいと語調に依っても察しられたので、承知しました、直ぐ東京へ云ってやりますと云って、早速彼女はあの処置を取ったのであった。
それから昨日、三宮駅から病院へ直行した妙子が、夕方ちょっと戻って来て、一時間程して又出かけたが、その時の話だと、平素あれほど我慢強い、泣き言など洩らしたことのない板倉が、あんな意気地のない声を出して、「痛い痛い」と云い続ける様子は、見ても恐ろしいような気がすると云っていた。