尚又、板倉に附き添っている看護婦と云うのが、何か院長に反感を持っているらしく、ややもすると院長の悪口を云うので、何処まで信を置いてよいか分らないけれども、この院長と云うのは大酒家の上に年のせいもあってアルコール中毒に罹っており、手先が顫えるところから時々手術に失敗があり、今迄にも患者をこんな目に遭わせた例が一二度ある、とのことであった。
後に妙子はこの時のいきさつを櫛田医師に語ったが、櫛田医師の説では、耳の手術から黴菌が這入って四肢を侵すと云うようなことは、たとい一流の専門医が注意に注意して手がけても往々あり得ることで、医師も神様でない以上、絶無を期する訳には行かない、但し、手術の後で万が一にも黴菌が這入った疑いがある場合、患者が身体の何処かに些かでも疼痛を感じたような場合には、間髪を入れず外科医を招いて処置しなければ手後れになる危険がある、それは実に寸秒を争うのである、と云っていた。
だから磯貝院長が手術に失敗したことは恕すべしとしても、呻き苦しむ患者を放置して三日間も顧みなかった一事は、怠慢とも、不誠意とも、不親切とも云いようのないことで、患者の親たちが何も知らない農村の老夫婦でなかったならば、或は無事に納まらなかったであろうに、格別の事件にもならずに済んだのは磯貝院長の好運と云わなければならない。