その時も磯貝院長の仕方は不親切を極め、話がそうと決定してからはいかにも厄介払いをしたと云う態度で、自分は一切姿を現わさず、挨拶にも出て来ないので、病人を運搬するについての世話は、総べて鈴木病院から出張した医師や看護婦が担当した。
病人は、親兄弟たちが寄り寄り相談し合っていたこの数時間のあいだ、自分の脚が切断されることに関して議が凝らされているのであることを知っていたのかいないのか、全く唯「痛い痛い」と云いつづけるところの、何か、人間離れのした、一箇の呻く怪物の如き存在に化してしまっていたが、―――そして親兄弟たちも、彼等の息子であり、弟であり、兄であるところのものを、最早やそう云う奇妙な存在になったと見做し、彼の意向を質すとか彼に因果を含めるとか云うことは問題にしていないかのようであったが、最も懸念されたことは、病室から寝台自動車へ移す時にその怪物がどんな物凄い怒声を発するであろうか、と云うことであった。
なぜと云って、その病室の外の廊下は普通の住宅のそれのような三尺幅のものであり、階段も亦狭い上に踊り場がなくて螺旋状に曲っているので、担架で階下へおろす際に、小便をするのにさえあんな喚き方をする病人に非常な苦痛を与えるであろうことは明かだからであった。