三十五
父親と、嫂と、妹とが、病室の跡片附けをしたり支払いを済ましたりしている暇に、幸子は妙子を蔭へ呼んで、あたしはこれで帰ろうと思うがこいさんも一往帰ってはどうか、貞之助兄さんも、なるべく私が帰る時にこいさんを連れて帰るように云っているのだが、―――と、誘いをかけて見たのであったが、兎に角手術の結果を見届ける迄は、と云うことなので、幸子は仕方なく、四人を自動車に乗せて鈴木病院へ送り届け、自分はその車で蘆屋へ帰ることにした。
車が病院の前で停った時にも、彼女は降りて行く妙子をもう一度呼び止めて、こいさんとしては附き添っていたい場合であろうが、見たところ、病人も、親兄弟たちも、あたし等に遠慮しているのかどうか、そんなにこいさんを必要としていないようでもあるから、巧く脱けて来られたら来るように、―――そう云ってもその時の事情に依ることだけれども、何卒くれぐれも、あたし等の最も恐れるのは、病人とこいさんとの間に許嫁の関係でもあったかの如く世間から誤解されることにあるのだと云うことを、どんな場合にも忘れないでくれるように、―――蒔岡の家名と云うこと、取り分け雪子ちゃんへの影響と云うことを、念頭に置いて行動してくれるように、―――と、少しくど過ぎるくらいに云った。