幸子はもう一と寝入りしようとしたが、巧い工合に寝付かれないでしまった。
そして貞之助も、その電話は聞いていた訳であったが、離れに寝ていた雪子と悦子とは、八時頃に起きて、お春から聞いた。
午頃に帰って来た妙子は、あれから再び容態が悪化し、妹や店員達が代る代る輸血したけれども遂に効果がなかったこと、病毒は、脚の疼痛から解放された病人の、胸部や頭部を侵して来、病人は恐ろしい苦悶の裡に絶命したこと、妙子はあんなに苦しんだ人の最期を見たことがなかったこと、意識は臨終の間際迄はっきりしていて、枕頭に見守っている人々、親、兄弟、友人等に、一人々々別れを告げ、啓坊にも、妙子にも、それぞれ生前の恩を謝したり将来の幸福を祈ったりしたこと、蒔岡家の家族たちのことも、―――旦那さん、御寮人さん、雪子娘さん、悦子お嬢ちゃん、―――と、一々名を呼び、「お春どん」の名まで呼んで、何卒皆さんに宜しく仰っしゃって下さいと云ったこと、徹夜で附き添っていた奥畑の店員達は、勤めがあるので病院から直ぐに引き取ったが、啓坊は親兄弟と一緒に田中の家まで遺骸に附いて行ったこと、妙子も附いて行って今帰って来たのであるが、啓坊はまだ後に残って、親兄弟たちから「若旦那々々々」と云われながら何かと世話を焼いていたこと、今夜と明日の晩と通夜をして、明後日田中の家で告別式をするのであること、等々を語ったが、こんな時にも妙子は、看護疲れと寝不足とで顔に窶れは見せていたものの、表情動作はまことに落ち着き払ったもので、涙一滴見せるのではなかった。