ふらんす語に就いて何等の知識も持たなかった私の耳にも、成る程それは世にも美しい文章の如く感ぜられました。
このような美しい国語を知って居る岡村君が、此頃俄に日本の文学を疎んじ出したのは無理のない事だと思いました。
今になって考えて見れば、私は彼の朗読に依って、初めて外国語に対する趣味と理解力とを涵養せられたのに違いありません。
ふらんす語に就いて何等の知識も持たなかった私の耳にも、成る程それは世にも美しい文章の如く感ぜられました。
このような美しい国語を知って居る岡村君が、此頃俄に日本の文学を疎んじ出したのは無理のない事だと思いました。
今になって考えて見れば、私は彼の朗読に依って、初めて外国語に対する趣味と理解力とを涵養せられたのに違いありません。