島田家の総領息子たる私は、一人の母と三人の弟妹とを抱えて、此先如何にして一家を支えて行こうかと案じ煩いました。
父が遺して行った諸種の負債を整理して見ると、私等母子の手に剰された遺産と云うものは、僅二千円足らずの株券があるばかりでした。
結局私は将来の希望を取換えて、工科をやるか、医科をやるか、せめて法科にでも入学するように親類から奨められましたが、私は頑として承知しませんでした。
島田家の総領息子たる私は、一人の母と三人の弟妹とを抱えて、此先如何にして一家を支えて行こうかと案じ煩いました。
父が遺して行った諸種の負債を整理して見ると、私等母子の手に剰された遺産と云うものは、僅二千円足らずの株券があるばかりでした。
結局私は将来の希望を取換えて、工科をやるか、医科をやるか、せめて法科にでも入学するように親類から奨められましたが、私は頑として承知しませんでした。