現代の日本人は宜しく慶長元禄時分の、伊達寛濶な昔の姿に復らなければいけない。
―――岡村君は斯う云う意見を主張して極端に陥らない範囲で、成る可く女柄の反物を仕立てさせては其れを着込んで歩いて居ました。
或る時は黒縮緬の紋附に小紋の石持の綿入を着て、わざと鉄の附いた雪駄をちゃら/\と鳴らしながら穿いて見たり、或る時は粗い黄八丈の対の衣裳に白博多の角帯を締めたり、そう云う場合にはいつも帽子を被らず、長く伸ばして漆のような鬢髪を風に吹かせて、六尺近い偉大な体躯をゆらり/\と運ばせる様子が、いかにも立派で堂々として聊か下品でも滑稽でもなく、往来の人は皆振り顧って驚嘆の目を放ちました。