突兀として矗立して居る南画風の奇峰の頂辺には、遊仙窟の詩を想い出すような支那流の楼閣が聳え、繚乱たる花園の噴水の周囲には希臘式の四角な殿堂が石の円柱を繞らし、湖に突き出た岬の一角には藤原時代の釣殿が水に近く勾欄を横え、風を遮る森林の奥には羅馬時代の大理石造の浴室が沸々として珠玉のような湯を漲らせます。
其の外春は見晴らしのいゝ東方の高台の上に、夏は凉風の吹き入る曲浦の汀に、秋は谿間の紅葉を瞰下す幽邃な地域に、冬は暖かな山懐に、四季それ/″\の住居を定めて或はパルテノンの俤を模し、鳳凰堂の趣に傚い、或はアルハムブラの様式を学び、ヴァチカンの宮殿になぞらえ、山々谷々の丹雘粉壁は朝日に輝き、円楹甃瓦は夕陽に彩られ、「蜀山兀として阿房出づ」と云う古の詩の文句がさながら此処に現出されたかと訝しまれます。
そうして又、此れ等の建築庭園の到る所に無数の彫刻物が点々として安置されました。