そして日曜を除く外は、毎日芝口の下宿屋から大井町の会社へ通っていました。
一人で下宿住居をしていて、百五十円の月給を貰っていたのですから、私の生活は可成り楽でした。
それに私は、総領息子ではありましたけれども、郷里の方の親やきょうだいへ仕送りをする義務はありませんでした。
そして日曜を除く外は、毎日芝口の下宿屋から大井町の会社へ通っていました。
一人で下宿住居をしていて、百五十円の月給を貰っていたのですから、私の生活は可成り楽でした。
それに私は、総領息子ではありましたけれども、郷里の方の親やきょうだいへ仕送りをする義務はありませんでした。