が、ナオミの家庭がそう云う風であったことは、ナオミに取っても私に取っても非常に幸だった訳で、話が極まると直きに彼女はカフエエから暇を貰い、毎日々々私と二人で適当な借家を捜しに歩きました。
私の勤め先が大井町でしたから、成るべくそれに便利な所を選ぼうと云うので、日曜日には朝早くから新橋の駅に落ち合い、そうでない日はちょうど会社の退けた時刻に大井町で待ち合わせて、蒲田、大森、品川、目黒、主としてあの辺の郊外から、市中では高輪や田町や三田あたりを廻って見て、さて帰りには何処かで一緒に晩飯をたべ、時間があれば例の如く活動写真を覗いたり、銀座通りをぶらついたりして、彼女は千束町の家へ、私は芝口の下宿へ戻る。
たしかその頃は借家が払底な時でしたから、手頃な家がなかなかオイソレと見つからないで、私たちは半月あまりこうして暮らしたものでした。