もしもあの時分、麗かな五月の日曜日の朝などに、大森あたりの青葉の多い郊外の路を、肩を並べて歩いている会社員らしい一人の男と、桃割れに結った見すぼらしい小娘の様子を、誰かが注意していたとしたら、まあどんな風に思えたでしょうか?
男の方は小娘を「ナオミちゃん」と呼び、小娘の方は男を「河合さん」と呼びながら、主従ともつかず、兄妹ともつかず、さればと云って夫婦とも友達ともつかぬ恰好で、互に少し遠慮しいしい語り合ったり、番地を尋ねたり、附近の景色を眺めたり、ところどころの生垣や、邸の庭や、路端などに咲いている花の色香を振り返ったりして、晩春の長い一日を彼方此方と幸福そうに歩いていたこの二人は、定めし不思議な取り合わせだったに違いありません。
花の話で想い出すのは、彼女が大変西洋花を愛していて、私などにはよく分らないいろいろな花の名前―――それも面倒な英語の名前を沢山知っていたことでした。