こんな話の末に、私たちはよく連れ立って方々の呉服屋や、デパートメント・ストーアへ裂地を捜しに行ったものでした。
殊にその頃は、殆ど日曜日の度毎に三越や白木屋へ行かないことはなかったでしょう。
とにかく普通の女物ではナオミも私も満足しないので、これはと思う柄を見つけるのは容易でなく、在り来たりの呉服屋では駄目だと思って、更紗屋だの、敷物屋だの、ワイシャツや洋服の裂を売る店だの、わざわざ横浜まで出かけて行って、支那人街や居留地にある外国人向きの裂屋だのを、一日がかりで尋ね廻ったことがありましたっけが、二人ともくたびれ切って足を摺粉木のようにしながら、それからそれへと何処までも品物を漁りに行きます。