そして彼女は多くの場合足袋や靴下を着けることはなく、いつもそれらの穿物を直かに素足に穿いていました。
当時私は、それほど彼女の機嫌を買い、ありとあらゆる好きな事をさせながら、一方では又、彼女を十分に教育してやり、偉い女、立派な女に仕立てようと云う最初の希望を捨てたことはありませんでした。
この「立派」とか「偉い」とか云う言葉の意味を吟味すると、自分でもハッキリしないのですが、要するに私らしい極く単純な考で、「何処へ出しても耻かしくない、近代的な、ハイカラ婦人」と云うような、甚だ漠然としたものを頭に置いていたのでしょう。