いや、実は昂じて来たのではなく、十五六の時分にはそれを子供らしい愛嬌として見逃していたのが、大きくなっても止まないので次第に私の手に余るようになったのかも知れません。
以前はどんなにだだを捏ねても叱言を云えば素直に聴いたものですが、もうこの頃では少し気に喰わないことがあると、直ぐにむうッと膨れ返る。
それでもしくしく泣いたりされればまだ可愛げがありますけれど、時には私がいかに厳しく叱りつけても涙一滴こぼさないで、小憎らしいほど空惚けたり、例の鋭い上眼を使って、まるで狙いをつけるように一直線に私を見据える。