そしてその間私たちは、夏の休みを除く外はこの「お伽噺の家」の中に立て籠ってひろい世の中との交際を断ち、いつもいつもただ二人きりで顔を突き合わせていたのですから、いくらいろいろな「遊び」をやって見たところで、結局退屈を感じて来るのは無理もありません。
ましてナオミは非常に飽きっぽいたちで、どんな遊びでも初めは馬鹿に夢中になりますが、決して長つづきはしないのでした。
そのくせ何かしていなければ、一時間でもじっとしてはいられないので、トランプもいや、兵隊将棋もいや、活動俳優の真似事もいや、となると、仕方がなしに暫く捨てて顧みなかった花壇の花をいじくって、せっせと土を掘り返したり、種を蒔いたり、水をやったりしましたけれど、それも一時の気紛れに過ぎませんでした。