で、ナオミの音楽の先生である杉崎春枝女史が夫人の為めに倶楽部を組織し、そして幹事になったのがあの浜田と云う、慶応義塾の学生でした。
稽古場にあてられたのは三田の聖坂にある、吉村と云う西洋楽器店の二階で、夫人はそこへ毎週二回、月曜日と金曜日に出張する。
会員は午後の四時から七時までの間に、都合のいい時を定めて行って、一回に一時間ずつ教えて貰い、月謝は一人前二十円、それを毎月前金で払うと云う規定でした。
で、ナオミの音楽の先生である杉崎春枝女史が夫人の為めに倶楽部を組織し、そして幹事になったのがあの浜田と云う、慶応義塾の学生でした。
稽古場にあてられたのは三田の聖坂にある、吉村と云う西洋楽器店の二階で、夫人はそこへ毎週二回、月曜日と金曜日に出張する。
会員は午後の四時から七時までの間に、都合のいい時を定めて行って、一回に一時間ずつ教えて貰い、月謝は一人前二十円、それを毎月前金で払うと云う規定でした。