それは今夜に限ったことではありませんが、その晩はまた、日の暮れ方にさっと一遍、夕立があった後だったので、濡れた草葉や、露のしたたる松の枝から、しずかに上る水蒸気にも、こっそり忍び寄るようなしめやかな香が感ぜられました。
ところどころに、夜目にもしるく水たまりが光っていましたけれど、沙地の路はもはや埃を揚げぬ程度にきれいに乾いて、走っている車夫の足音が、びろうどの上をでも蹈むように、軽く、しとしとと地面に落ちて行きました。
何処かの別荘らしい家の、生垣の奥から蓄音器が聞えたり、たまに一人か二人ずつ、白地の浴衣の人影がそこらを徘徊していたり、いかにも避暑地へ来たらしい心持がするのでした。