なぜなら彼女の値打ちと云うものは、私が自分で育ててやり、自分でこれほどの女にしてやり、そうしてただ自分ばかりがその肉体のあらゆる部分を知っていると云うことに、その大半があったのですから、つまりナオミと云うものは、私に取っては自分が栽培したところの一つの果実と同じことです。
私はその実が今日のように立派に成熟するまでに随分さまざまの丹精を凝らし、労力をかけた。
だからそれを味わうのは栽培者たる私の当然の報酬であって、他の何人にもそんな権利はない筈であるのに、それが何時の間にかあかの他人に皮を挘られ、歯を立てられていたのです。