それより一層痛切に尾の必要を感ずるのは、訪客の相手をさせられる時である。
客嫌いの私はよほど気の合った同士とか、敬愛している友達とかに久振で会うような場合を除いて、めったに自分の方から喜んで人に面接することはなく、大概いつもいや/\会うのであるから、用談の時は別として、漫然たる雑談の相手をしていると、十分か十五分もすれば溜らなく飽きて来る。
で、自然此方は聞き役になって客が一人でしゃべることになり、私の心はともすると遠く談話の主題から離れてあらぬ方へ憧れて行き、客を全く置き去りにして勝手気儘な空想を追いかけたり、ついさっき迄書いていた創作の世界へ飛んで行ったりする。