さて、ぜんたい私はいつから斯様に、―――猫の尻尾を羨んだりすること程左様に、―――人と物を言うのが億劫になり、客嫌いになったのであるか、そしてそれには何か原因があったのであるか、と考えて見るのに、どうも自分でもはっきり分らないのである。
辰野隆のような舊い友達は皆知っていることであるが、中学から一高、大学時代頃までの私は決して今のような黙りやではなかった。
辰野は人も知る座談の雄であるが、私も彼に劣らないくらい話上手で、東京人特有の軽快なる弁舌を以て人を酔わせたり煙に巻いたりすることが得意であったし、警句を発し、諧謔を弄することも敢て人後に落ちはしなかった。