そんな次第で、最初私は交際嫌いにはなったけれども、無口になったとは思っていなかった。
人に接する機会が少いから、従って口を利くことも少いのであるが、しゃべらせればいくらでもしゃべれるのであり、性来の巧妙なる話術、流暢軽快なる江戸弁は、自分がその気になりさえすれば時に応じて発揮し得ると考えていた。
事実最初のうちはそうだったのであるが、何事も用いる度数が少くなればだん/\機能が衰えるもので、いつか私はほんとうに話下手になり、昔のようにしゃべってやろうと思ってもしゃべれなくなってしまい、そうすると又しゃべることに興味も持たなくなってしまった。