寶塚のお客が斯う云ふ人種の集まりだとすると、菊五郎がイヤ氣を起しても尤も至極と云ふべきである。
二度目の時も矢張り滿員の電車だつたと覺えてゐるが、それも女親が幼い子供に、小便でなく糞をさせてゐた。
念入りにも車臺の床へ新聞紙を敷き、その上へさせてしまつてから、今度は新聞紙を手で摘まみ上げ、お客の鼻先へ高々と翳して、雜沓の間を辛うじて分けながら、窓の外へ捨てるのである。
寶塚のお客が斯う云ふ人種の集まりだとすると、菊五郎がイヤ氣を起しても尤も至極と云ふべきである。
二度目の時も矢張り滿員の電車だつたと覺えてゐるが、それも女親が幼い子供に、小便でなく糞をさせてゐた。
念入りにも車臺の床へ新聞紙を敷き、その上へさせてしまつてから、今度は新聞紙を手で摘まみ上げ、お客の鼻先へ高々と翳して、雜沓の間を辛うじて分けながら、窓の外へ捨てるのである。