「何々講」と講中の名を筆太に記した提灯を、竹竿の上へ高く吊るしてゐるところから察すると、此の近在の農家の隱居や上さんどもの集りでゞもあらうか。
今夜はお堂のお水取りの日で、宵の七時に大松明がともされると云ふので、まだ日の暮れの五時であるのに參詣の人々が詰めかけて來る。
此のお婆さんの連中も多分さう云ふ信心家の一團なのであらうが、そして御佛への供養のために、乞食のやうに大道へ出て御詠歌を唄ひ、舞ひを舞つてゐるのでもあらうが、その歌の方は兎も角も、講中の人がこんな風に舞ひを舞ふのを、私は嘗て關東などでは見たことがない。