此のお婆さんの連中も多分さう云ふ信心家の一團なのであらうが、そして御佛への供養のために、乞食のやうに大道へ出て御詠歌を唄ひ、舞ひを舞つてゐるのでもあらうが、その歌の方は兎も角も、講中の人がこんな風に舞ひを舞ふのを、私は嘗て關東などでは見たことがない。
空也念佛と云ふものがあるのは唯聞いてゐるばかりだけれど、此の講中の御詠歌の踊りはそれに似たものではないだらうか。
無論しろうとの田舍の婆さんが踊るのだから、むづかしい手はないにしてからが、此れだけ巧者になるのには餘程此の道に凝り固まつてゐるに違ひない。