八月号の「改造」に出た「妄人政談」に、彼が文学に転じたのは仏法科を卒業した以後のことのやうに書いてあるのは、その通りに違ひあるまい。
それに比べると、大貫や、恒川や、私なぞは、中学時代から樗牛にかぶれて美的生活を論じたり、近松物や西鶴物をひねくり廻して恋愛を讃美したり、早くも失恋の悲しみだとか厭世哲学などを云々すると云ふ風だつたから、辰野の眼から見たら、定めし生意気にも、滑稽にも、変にひねツこびてませてゐるやうにも思へたであらう。
実際辰野はしば/\私共を冷やかしたり交ぜつ返したりしたもので、彼の毒舌にはわれ/\文学党は孰れも恐れをなしてゐた。