思ふにその時分、大貫と私とは既に「新思潮」を登竜門として大いに文壇に活躍しようとする意気込みを示してゐたから、或はそんな事が彼の負けじ魂を刺戟したのではなかつたであらうか。
私はそれがあの恋愛事件の動機であると云ふのでもないし、又さう云つたら故人の意志に反するでもあらうが、文学の方で失意の人となつた以上、実行の方面でわれ/\をあつと云はせてやらうと云ふやうな心持が、幾分潜在的にでも働いてゐなかつたとは断言出来ない。
それにはあの頃の「名妓」と云ふ言葉が持つ魅力を説明しないことには、到底今の青年諸君には合点が行かないかも知れない。