それと云ふのが、工学博士で横浜の某船渠会社の顧問をしてをられた厳父の地位として、社会的信用を懸念されたことが第一の理由だつたであらう。
だから両親は私の金策が不成功に終つたことを喜んでゐたらしく、寧ろ恒川が意を飜すやうに極力忠告をしてくれろと云ふ始末で、特に母堂は、「谷崎さん、もしこんな事が新聞にでも出たら大変ですから、どうか必ず秘密にしておいて下さいよ」と、くれ/″\も念を押された。
しかし私には、此の人の好い、気の弱い両親が、もうすつかり恒川に足元を見られてゐるので、結局彼の望み通りに引き擦られてしまふことが、分り切つてゐるやうに思へた。