私は彼の両親との会談の模様を、そのまゝ彼等に話したけれども、自分の意見として何等忠告がましいことは述べずにしまつた。
そんな忠告をしたところでとても聴き入れる恒川ではないし、又、鴛鴦の如き二人の様子を眼の前にしては、彼等に逆らふやうなことを切り出せる筈のものでもなかつた。
それにはその時分の文学青年に共通であつた一種の気取り、新しがり、―――偽悪趣味とでも云ふべきものを理解して貰ふ必要があるが、吉井君の戯曲「河内屋与兵衛」などを見ると、さう云ふ気風があの構想の中によく現れてゐる。
私は彼の両親との会談の模様を、そのまゝ彼等に話したけれども、自分の意見として何等忠告がましいことは述べずにしまつた。
そんな忠告をしたところでとても聴き入れる恒川ではないし、又、鴛鴦の如き二人の様子を眼の前にしては、彼等に逆らふやうなことを切り出せる筈のものでもなかつた。
それにはその時分の文学青年に共通であつた一種の気取り、新しがり、―――偽悪趣味とでも云ふべきものを理解して貰ふ必要があるが、吉井君の戯曲「河内屋与兵衛」などを見ると、さう云ふ気風があの構想の中によく現れてゐる。