そして私は、「時がたてば分る」といふ風な、持ち前のづう/\しさと横着とから、それきり何の手段も取らずに、一日も早くその不愉快を超越するやうに努めたのであつた。
恒川の方は、その後金の問題も巧く解決がついたと見えて、首尾よく思ひを遂げたことは世間周知の通りである。
(或は新聞で一時にぱつとなつたことが、却つて形勢を有利に導いたのかも知れない)が、私は絶えず心中に済まないことをしてゐると云ふ自責の念を抱きながら、彼等の新家庭へ慶びを述べに行くことも出来ず、厳父が逝去された時にも葬式に立ち合つた覚えがない。