中学で私と同級であつた吉井勇君なども、私の一高在学当時には早くも新進の歌人として一家を成してゐたらしく、その時分一高のわれ/\の仲間が恒川の家へ与謝野先生を招待して歌の会を開いた折に、彼と白秋君とが師範代と云ふ形で、与謝野先生に伴はれて出席し、われ/\の作歌を批判してくれたことがあつて、それが私の吉井北原両君を識つた初めであり、私はその日の吉井君のニキビだらけの顔を今も覚えてゐるのである。
誰しも、文学を志す青年は去就に迷ふ時代がある。
その第一は自分の天分に疑ひを抱くやうになること、その第二は、仮りに天分には自信が持てゝも、文壇へ進出する手蔓を求めるのが困難であること、その第三は、家に資産があればいゝが、さうでない場合、果して原稿料で食つて行けるかどうかと云ふ心配である。