それは、いよ/\創作家にならうと云ふ悲壮な覚悟をきめたので、国文科だつたら、学校の方を怠けるのに一番都合がいゝと考へたからであつた。
しかし私は下町の相場師の子であり、殊にその頃は貧困のために家庭教師を勤めながら学費を稼いでゐる状態であつたから、学問藝術の方面に何等の縁故を求める訳にも行かず、此の後如何にして、どう云ふ径路で文壇へ出ると云ふ成算も立たないので、それを思ふと、前途が真つ暗であるやうな気がした。
のみならず、私は当時流行の自然主義文学に反感を持ち、それに叛旗を飜さうと云ふ野心があつたゝめに、尚更進出が困難であるとしか思へなかつた。