のみならず、私は当時流行の自然主義文学に反感を持ち、それに叛旗を飜さうと云ふ野心があつたゝめに、尚更進出が困難であるとしか思へなかつた。
私は初め、栄華物語から材料を取つた純国文趣味の戯曲「誕生」を書いて、「帝国文学」へ送つたが、これは見事没書になつた。
それで悲観して今度はいくらか自然主義に妥協した「一日」と云ふ短篇を書き、恒川の手を経て平出修氏に読んで貰つた。
のみならず、私は当時流行の自然主義文学に反感を持ち、それに叛旗を飜さうと云ふ野心があつたゝめに、尚更進出が困難であるとしか思へなかつた。
私は初め、栄華物語から材料を取つた純国文趣味の戯曲「誕生」を書いて、「帝国文学」へ送つたが、これは見事没書になつた。
それで悲観して今度はいくらか自然主義に妥協した「一日」と云ふ短篇を書き、恒川の手を経て平出修氏に読んで貰つた。