私は初め、栄華物語から材料を取つた純国文趣味の戯曲「誕生」を書いて、「帝国文学」へ送つたが、これは見事没書になつた。
それで悲観して今度はいくらか自然主義に妥協した「一日」と云ふ短篇を書き、恒川の手を経て平出修氏に読んで貰つた。
平出氏は面白いと云つてくれて、「早稲田文学」へ載せるやうに相馬御風氏に掛け合つてくれると云ふ話であつたが、それが中々纏まらないので、或る日私は恒川と一緒に平出氏を訪ねたことがあつた。
私は初め、栄華物語から材料を取つた純国文趣味の戯曲「誕生」を書いて、「帝国文学」へ送つたが、これは見事没書になつた。
それで悲観して今度はいくらか自然主義に妥協した「一日」と云ふ短篇を書き、恒川の手を経て平出修氏に読んで貰つた。
平出氏は面白いと云つてくれて、「早稲田文学」へ載せるやうに相馬御風氏に掛け合つてくれると云ふ話であつたが、それが中々纏まらないので、或る日私は恒川と一緒に平出氏を訪ねたことがあつた。