それで悲観して今度はいくらか自然主義に妥協した「一日」と云ふ短篇を書き、恒川の手を経て平出修氏に読んで貰つた。
平出氏は面白いと云つてくれて、「早稲田文学」へ載せるやうに相馬御風氏に掛け合つてくれると云ふ話であつたが、それが中々纏まらないので、或る日私は恒川と一緒に平出氏を訪ねたことがあつた。
その時平出氏は、「相馬君からかう云ふ返事が来てゐるからまあもう少し待つて見給へ」と云つて私にその手紙を見せて下すつたけれども―――内容は今忘れてしまつたが―――どうも私には心もとないやうな気がした。
それで悲観して今度はいくらか自然主義に妥協した「一日」と云ふ短篇を書き、恒川の手を経て平出修氏に読んで貰つた。
平出氏は面白いと云つてくれて、「早稲田文学」へ載せるやうに相馬御風氏に掛け合つてくれると云ふ話であつたが、それが中々纏まらないので、或る日私は恒川と一緒に平出氏を訪ねたことがあつた。
その時平出氏は、「相馬君からかう云ふ返事が来てゐるからまあもう少し待つて見給へ」と云つて私にその手紙を見せて下すつたけれども―――内容は今忘れてしまつたが―――どうも私には心もとないやうな気がした。