此の男は杉田直樹君や私と一緒に一高の文藝部委員をしたことがあり、帝大の政治科を出てから暫く東京日日の記者を勤め、後に朝鮮銀行に転じて現に平壌の支店長をしてゐるが、彼は元来新聞記者として成功すべき素質を持つた、筆力、弁力、併せ備へた俊才であつた。
そして私の試作的に書いたものを一々丁寧に読んでくれて、「兎に角君は小栗風葉ぐらゐにはなれるよ」と云つてくれた。
私は彼の批評眼を頼んでゐたゞけに、此の言葉は実に非常な力になつた。
此の男は杉田直樹君や私と一緒に一高の文藝部委員をしたことがあり、帝大の政治科を出てから暫く東京日日の記者を勤め、後に朝鮮銀行に転じて現に平壌の支店長をしてゐるが、彼は元来新聞記者として成功すべき素質を持つた、筆力、弁力、併せ備へた俊才であつた。
そして私の試作的に書いたものを一々丁寧に読んでくれて、「兎に角君は小栗風葉ぐらゐにはなれるよ」と云つてくれた。
私は彼の批評眼を頼んでゐたゞけに、此の言葉は実に非常な力になつた。