今朝鮮にゐる岸は、もうそんなことを覚えてもゐないであらうが、此の一言は私に唯一の光明を与へた。
私は此の、「小栗風葉ぐらゐ」と云ふ彼の評価をその後も始終忘れずにゐて、「あゝ、ほんたうにさうなれるかなあ」と思ひながらも、それだけを頼みの綱にしてゐた。
尚もう一つ、私を力づけたのは荷風先生の「あめりか物語」の出現であつた。
今朝鮮にゐる岸は、もうそんなことを覚えてもゐないであらうが、此の一言は私に唯一の光明を与へた。
私は此の、「小栗風葉ぐらゐ」と云ふ彼の評価をその後も始終忘れずにゐて、「あゝ、ほんたうにさうなれるかなあ」と思ひながらも、それだけを頼みの綱にしてゐた。
尚もう一つ、私を力づけたのは荷風先生の「あめりか物語」の出現であつた。