私は此の、「小栗風葉ぐらゐ」と云ふ彼の評価をその後も始終忘れずにゐて、「あゝ、ほんたうにさうなれるかなあ」と思ひながらも、それだけを頼みの綱にしてゐた。
尚もう一つ、私を力づけたのは荷風先生の「あめりか物語」の出現であつた。
私は大学の二三年頃、激しい神経衰弱に罹つて常陸の国助川にある偕楽園別荘に転地してゐる時に、始めて此の書を得て読んだ。
私は此の、「小栗風葉ぐらゐ」と云ふ彼の評価をその後も始終忘れずにゐて、「あゝ、ほんたうにさうなれるかなあ」と思ひながらも、それだけを頼みの綱にしてゐた。
尚もう一つ、私を力づけたのは荷風先生の「あめりか物語」の出現であつた。
私は大学の二三年頃、激しい神経衰弱に罹つて常陸の国助川にある偕楽園別荘に転地してゐる時に、始めて此の書を得て読んだ。