そんな事情から、その他の連中も自然小山内氏の門に集まるやうになつたのであらう。
されば「新思潮」と云ふ名も、小山内氏が命名したか、われ/\の仲間が氏を担ぐために名付けたか、孰方かであつたに違ひないと云ふのは、その昔深川の木場の若旦那で、小山内氏のパトロンであつたKさんと云ふ人(同氏の小説「大川端」に出て来る人)が出資者となつて、小山内薫秋田雨雀両氏の編輯で、その同じ名の雑誌が出たことがあり、それが久しく廃刊になつてゐた。
そこでわれ/\はその看板を譲り受け、第二期「新思潮」を起さうと云ふのであつた。