ところが私に偕楽園と云ふ有力なバツクがあり、私を加へれば偕楽園が金を出すだらうと云ふことを大貫あたりから聞き込んだと見え、「まあ仕方がない、彼奴は金の蔓だから、仲間に入れてせい/″\御機嫌を取つてやらう」と云ふやうなことになつたらしい。
(雑誌が三号ばかり出た時分に、後藤と木村とが私に打ち明け話をして大笑ひをした)私は一向そんな事とは知らなかつたが、出資者の一人である木村荘太もまだ部屋住みの身でさう/\金の才覚は出来なかつたし、後百円か二百円なければどうしても雑誌が出せないと云ふので、その不足額を出してくれるやうに偕楽園へ泣き付いた。
私は、「君にも今まで随分迷惑をかけたけれども、今度の金は今までのやうな無意味な金でない。