夕方、まだ電燈のつかない時刻に、木村は薄暗くなりかけたその部屋の柱に靠れて、二十枚ばかりのその原稿を手で支へながら一と息に読んだ。
読んでゐる間彼は一語も発しなかつたが、読み終るや否や、「こんな面白いものを読んだことがない」と、興奮しきつた口調で云ひ、「君、握手しよう」と、いきなり私の手を握つた)私は何故「刺青」の方を後廻しにして、時勢に合はない「誕生」の方を先にしたのか、今その理由を解するに苦しむが、恐らく私の天の邪鬼がさうさせたものに違ひない。
果して「誕生」は月評家の悉くに黙殺され、誰も取上げてくれた者はなかつた。