「亀清と云へば宴会屋だ、あんなところで歌沢の爪弾きを聴くなんて、練兵場の真ん中で植木鉢を眺めるやうなもんだ」と、とう/\後藤が六号記事にその悪口を書いたので、「スバル」の方でそれが問題になつたりした。
(北原君、昔の馬鹿話をしてゐるのだ、どうか怒らないでくれ給へ。
その後君が「亀清」の文字を削除したことも知つてゐるが、私はそんなことを此処で兎や角云ふのではない)さう云へば「亀清」で思ひ出したが、浅草生れの久保田君が公園から竜泉寺町界隈の地域に憧れを抱いてをられるが如く、当時われ/\は、人形町、浜町、両国、柳橋附近の空気にノスタルジヤを感じてゐた。