今一寸思ひ出しても、与謝野鉄幹、蒲原有明、小山内薫、永井荷風、石井柏亭、生田葵山、伊上凡骨、鈴木鼓村、木下杢太郎、久保田万太郎、江南文三、吉井、北原、長田兄弟、岡本一平、恒川陽一郎、………と、いくらでもその晩の顔ぶれを浮かべることが出来るが、先輩では小山内氏、同輩では自分たちの仲間を除いて、その他は殆ど初対面の人々ばかりが続々と詰めかけて来るのであつた。
そのうちに一人、痩躯長身に黒つぽい背広を着、長い頭髪をうしろの方へ油で綺麗に撫でつけた、二十八九歳の瀟洒たる紳士が会場の戸口へ這入つて来た。
彼はその顔の輪廓が俎板の如く長方形で頤の骨が張り、やゝ病的な青く浅黒い血色をし、受け口の口元にだだツ児みたいな俤を残してゐて、黒い服とひよろ高い身の丈とが、すつきりしてゐる反面に、何処かメフィストフェレスのやうな感じがしないでもなかつた。