「三田文学」に「谷崎潤一郎氏の作品」(?
と題する永井先生の評論が載つたのは、多分明治四十三年の夏か秋だつた。
永井荷風先生はその前の月の「スバル」か「三田文学」にも、私の「少年」を推挙する言葉を感想の中に一寸洩らしてをられたが、今度のは可なりの長文で、私のそれまでに発表した作品について懇切丁寧な批評をされ、而も最大級の讃辞を以て極力私を激賞されたものだつた。
「三田文学」に「谷崎潤一郎氏の作品」(?
と題する永井先生の評論が載つたのは、多分明治四十三年の夏か秋だつた。
永井荷風先生はその前の月の「スバル」か「三田文学」にも、私の「少年」を推挙する言葉を感想の中に一寸洩らしてをられたが、今度のは可なりの長文で、私のそれまでに発表した作品について懇切丁寧な批評をされ、而も最大級の讃辞を以て極力私を激賞されたものだつた。