が、まあそんな状態で、親父は私が何か此の頃文学雑誌のやうなものをやり出したことは知つてゐたけれども、忰が一体どんなものを書いてゐるのか、そんなことで将来食つて行けるのかどうか、文壇の様子など分る筈がないから、先の見込みは付かないし、おまけに大学は退校されてしまふし、からツきし私と云ふものを信用しなくなつてゐたところへ、俄然として此の評論が出たのである。
だから親父の喜び方と云つたらなかつた。
親不孝の私は、永井先生のお蔭で飛んだ孝行をすることになつた。
が、まあそんな状態で、親父は私が何か此の頃文学雑誌のやうなものをやり出したことは知つてゐたけれども、忰が一体どんなものを書いてゐるのか、そんなことで将来食つて行けるのかどうか、文壇の様子など分る筈がないから、先の見込みは付かないし、おまけに大学は退校されてしまふし、からツきし私と云ふものを信用しなくなつてゐたところへ、俄然として此の評論が出たのである。
だから親父の喜び方と云つたらなかつた。
親不孝の私は、永井先生のお蔭で飛んだ孝行をすることになつた。