が、荷風先生の推挙があつてから間もなく、「三田文学」へ「飇風」を書いた時は、黙つてゐてもちやんと先方から稿料を届けて寄越した。
次いで中央公論主筆瀧田樗陰氏が神保町の裏長屋へやつて来た。
私は直ちに「秘密」を書いて中央公論社へ送り、一枚一円の稿料を貰つたが、その次に書いた「悪魔」からは一円二十銭になつた。
が、荷風先生の推挙があつてから間もなく、「三田文学」へ「飇風」を書いた時は、黙つてゐてもちやんと先方から稿料を届けて寄越した。
次いで中央公論主筆瀧田樗陰氏が神保町の裏長屋へやつて来た。
私は直ちに「秘密」を書いて中央公論社へ送り、一枚一円の稿料を貰つたが、その次に書いた「悪魔」からは一円二十銭になつた。