神保町から電車で芝の山内へ行つたのだが、瀧田君は吊り革にぶら下りながら、私の姿を見上げ見下ろして、「谷崎さん、今日はあなた、すつかり見違へましたね」と云ふのであつた。
それと云ふのが、私は紋附きの羽織がなかつたものだから、その晩の衣裳として偕楽園から頗る上等の羽織袴縞御召の二枚襲ね等一切を借用してゐた。
ぜんたい私は、第一回の「パンの会」の頃までは髪の毛をぼう/\と生やして、さながら山賊の如き物凄い形相をして、「君の顔はアウグスト・ストリンドベルグに似てゐるね」などゝ云はれていゝ気になつてゐたものなんだが、さてそんな衣裳を借りてみると、その薄汚いパルチザン式の容貌ではどうにも映りが悪いものだから、当日の朝床屋へ行つて長く伸びた髪を適当に刈つて貰ひ、下町の若旦那と云つた風に綺麗に分けて、それから借り着を一着に及び、二重廻しに山高帽と云ふ、まるで今までとは打つて変つたいでたちをしてゐた。