(有名な作家の顔ぐらゐは写真で見覚えてゐさうなものだが、紹介されるまでさつぱり知らなかつたところをみると、当時の文学雑誌には今日のやうに写真が出なかつたものと思はれる)尤もこれは私ばかりでなく、誰も多少はそんな気持がしたらしく、暫くの間席上は白けて見えたが、その時異彩を放つてゐたのは、口髯のある、眼鏡をかけた洋服の紳士が、いつの間にか靴下のまゝ庭に下りて飛び石の上にあぐらを掻きつゝ、今しも会場で開会の挨拶だつたか余興の演藝だつたかゞ長たらしく続いてゐるのを、時々蛮声を張り上げて交ぜつ返してゐることだつた。
まだ中年の、豪快な顔つきをしたその紳士は、「引つ込め」とか「止めろ」とか云つたり、でかんしよを怒鳴つたり、いろんな半畳を入れてはひどく無邪気な眼つきをして笑ふ。
傍に小山内君が附いてゐて、「まあまあ」となだめながら一緒になつて笑つてゐる。