此の紳士こそ当年の論壇の雄工学士中沢臨川君であつた。
私はその前々年明治四十二年の暮れに、小山内、吉井、長田(秀)、喜熨斗、木村、和辻等の諸君と新橋の花月で忘年会を開き、二階の中沢君の座敷へ闖入したことがあつたが、その時も中沢君は野球だかテニスだかの選手諸君を引卒して座に数人の美妓を侍らせ、痛飲淋漓、全く正体もなかつたので、向うは私に気が付いた筈はないけれども、私の方では見覚えてゐた。
今夜も多分臨川君は新橋辺で飲んでゐて、一杯機嫌で会場を荒らしに来たのであらうが、間もなく小山内君か誰かゞ何処かへ引つ張つて行つたらしく、直きに姿が見えなくなつた。