宮本君は阿部次郎、安倍能成、小宮豊隆等の諸君と共に当時漱石門下の論客であつて、私の書いたものなどにもしば/\好意ある批評をしてくれたが、それよりも私は、同君を我が一高の先輩として、あの向陵の健児たちが等しく感ずる一種特別ななつかしさを以て敬愛してゐた。
私は自分の席に就いて大広間の向うにゐる同君の洋服姿に気がついた時から、孤立無援の青年が見知らぬ土地で兄貴にでも出遇つたやうな、―――さう云つて悪ければ、毎々褒めて貰つてゐる先輩に甘えたいやうな心持で、ちよい/\目礼を送つたのであつたが、どう云ふものか宮本君は近眼の眼鏡をピカピカ光らせてゐるばかりで、此方を向いてくれないし、向いても私に気がついてくれなかつた。
が、名乗りを上げて盃を廻すと、始めてニツコリして、「やあ、君だつたのか」と云ひながら、立ち上つて私の前へやつて来た。